教室の精?
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
 彼女はひとりで教室にいた。日曜だというのに席について、じっと黒板を見つめていた。
 その姿が気になって、拓海(たくみ)は教室の前で立ち止まった。彼女は拓海が見つめていることに気づいて、不動の姿勢を解き、拓海の目線を真っ直ぐに見返した。
 目が合う。
「なにしてるんだ?」
 このときお互い、初めて話す生徒同士だった。
 ここ、2−A教室は拓海のクラスだ。けれど、拓海が高校に入学してから二年の二学期まで、一度も見たことのない女子生徒がそこにいる。
 生徒が居ないはずの日曜の学校で、見知らない少女のいる教室は浮世離れして見えた。
「此処がどんな場所なのか考えてるのよ」
 すぐ返答があったことに拓海は驚く。
 聞いておきながら、余計な質問をしたかもしれない、黙ってその場を去るべきだったかもしれない、と後悔していたところだったからだ。
「何処って、教室だろ?」
「教室が何なのか、今まで理解していなかったの。近頃になって気がついたんだけど、それを知らないといけないみたい」
 冗談めかすでもなく、彼女は説明らしきものを口にする。
 そして、もとのじっと黒板を見つめる姿勢に戻ろうとして、途中で黒板上部の時計にめを止めた。もう六時近くなっている。外で部活をやっている生徒たちも帰り始める頃だ。校舎に残っている生徒は、ここにいるふたりだけかもしれない。
「もうこんな時間……」
「変な奴だな、おまえ」
「普通よ」
「普通なら教室がどうとか、そんなこと真剣に考えたりしないよ」
 と、拓海がいった。その直後、鞄を持って立ち上がったばかりだった彼女は、唐突に拓海へ向き直り、足早に距離を寄せてきた。流れるように自然な挙動に意表をつかれているうちに、綺麗に整った細面が、手を伸ばせば届くくらいの位置まで近づく。
 夕明りのなかでもわかる深い色の黒目が、拓海を静かに見据えた。
「嘘ね」
 強く、断定的な口調で言ってくる。
 拓海より頭ひとつ低い小柄で、腕も細く、腰のあたりまで伸びた黒髪と相まって人形のような容姿だったが、だからこそ物怖じしない態度に不思議な威圧感があった。
「誰だって此処がどんな場所なのか考えるのよ。答えを出せた者だけが、此処から先に進むことができる。そういうものよ」
「此処……?」
「教室。もしかしたら学校そのもの、かもしれない。答えが出せなかったら、自分が何処にいるかわからないまま、時間にだけ取り残されていくの」
 拓海には、やはり言葉の意味はつかめなかった。けれど、わからないなりに引っかかりを感じてもいた。
「君にとって、教室はどんなところ?」
「……わからない」
「知らないの? なら、考えたことはないかな。此処はどんなところなのか、ここから何処へ行けるのか。これは勘なのだけど、君は今、考えている最中じゃないの?」
 胸の奥から、捉えどころのない居心地悪さが沸き上がってくる。
 会ったばかりの女子生徒から勝手に決めつけられているのだというのに、反発できなかった。
「少し前に俺、サッカー部を辞めたんだ。このまま練習し続けてもレギュラーにはなれないだろうから。でも辞めたらやることが無くなって、部活の友達とも付き合いづらくなった。休みの日にもなにもなかったから、なんとなく学校まで来て屋上で寝転んでた。レギュラーにならないまま三年過ごす奴だっていないわけじゃないし、べつに辞める必要はなかったんだ。でも、あのまま続けても駄目だと思ったから、辞めた」
 なぜこの時、ここまで饒舌になれたのかは知らない。
 心の何処かで、誰かに話したがっていたのだろうか。
「何かしたいような気がするんだ。でも何なのかわからないのを、どうにかしたい。それが教室はどんなところか考えることだって言うなら、君の言うとおりなのかもしれない」
 話しながら拓海は、自分はどうかしていると思った。
 不気味な状況のはずだ。日曜の学校に一人でいる女子生徒に、奇妙な質問を投げかけられたのだから。
(俺、こういうの好きなのかな)
 傍からは笑われそうな疑問について、二人きりで大真面目に語り合う。そんな状況に期待があったのかもしれない。
 そして彼女は語り始めた。
「自分が何処から来て何処へ行くのか、自分の今いる場所はどんな所なのか、まるで分かっているみたいに振舞う者たちで世の中は溢れかえっている。でもね、違うの。わかった気になっている者は、ただ与えられた答えを真実だと信じこんでしまっているだけ。それは錯覚なのよ。真実は誰からも与えられはしない。この世に生まれてきた者は皆、自らの在り方について問わざるをえないのよ。例外なんてない」
 淀みのない口ぶり。真っ直ぐな眼差し。
 強い意志を感じさせる態度に、拓海は圧倒された。
「君は問うことをしている。だから君は――友達よ」
 彼女は微笑んで、拓海へ手を差しのべた。
 ふと、張り詰めた空気が緩む。
 彼女の口元に笑みが浮かび、目元が優しげに細まるのにつられて、拓海の緊張も緩んでいた。すぐ目の前に立って自分と視線を交わしているのが綺麗な顔立ちの女子生徒だということを、この時になって意識する。
「え、あ……!?」
 自分の顔が一気に赤面するのを感じた。
 たまらず目を逸らしながら、わけもわからないうちに、拓海は彼女の差し出した手を取っていた。その手は彼女に強く握られる。
「一緒に目指しましょう」
「待ってくれよ。俺はそんな凄そうなことやってるつもりはないぞ」
「不確定性原理って知ってる? 」
「知らない。なんだそれ」
「何かを知ろうとする行為は、知ろうとする相手に影響を与えてしまうの。だから本当に正確な観測は原理的に不可能なのよ。君の心だって、私に問われたとき、それまでとは違った形になってしまっているのかもしれない」
 難しげな言葉。訳もわからず、混乱する拓海の顔を見つめながら、彼女は満面の笑顔を浮かべる。
「もともとの君がどんな人だったかは知らない。でもそんなのは関係ない。私に見惚れて感銘を受けた君は、問われたときには答えを求めることを止められない君になってしまっていた――そうでしょう?」
 そうでしょう?、と確認する口ぶりに、何処に根拠があるともしれない自信が満ち溢れていた。
 そして否定も肯定もできずにいる拓海を残して、彼女は教室を後にした。
 拓海を一顧だにせず、鮮やかに去っていった。
 気がつけば、拓海は教室で一人、呆然と立ち尽くしている。既に日は落ちて、薄く橙に染まっていた教室は暗所になりつつあった。
「……なんだったんだ?」
 頭の混乱が収まらないまま、拓海は立ち尽くした。


 それ以降、拓海は彼女の姿を見ていない。
 友人に訊いても、教師に訊いても、心当たりはないとしか言われなかった。ただ記憶の中にある印象だけが、鮮烈に残り続けていた。
 彼女が何処から来て、何処へ行ったのか。彼女の疑問に答えはでたのか、彼女は拓海をどう思っていたのか。
 確かに、問うのを止めることは出来ていない。
方 DD4EtTPTiE

2010年12月31日(金)14時16分 公開
■この作品の著作権は方さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
10月に書き始めたはずなのにいつの間にかこんな時期になっています。何故でしょうか。よくわかりません。
中編の予定だったのが掌編になっているのは何故なのでしょうか。よくわかりません。
そもそも不確定性原理って哲学じゃなくて物理学の用語っぽいのですが小難しければ別にいいのでしょうか。よくわかりません。

うん、哲学っぽくなった(ホントかよ


この作品の感想をお寄せください。

2011年02月06日(日)13時59分 魚  0点
もう少し踏み込みが欲しかったです。
面白みや萌えも少なかったです。

何か個性的な色があった方が良いと思いました。
104

pass
2011年01月09日(日)22時26分 方  作者レス
不確定性原理については、なんとなく小難しげなことを書いてみなければいけない義務感にかられてしまったようです。考えてみると、あっても別に意味ありませんね。反省しておきます。
本当はハイデガーあたりからなにか引用したかったのですが、知識がなかったので控えました。というか検索してもよく分からない……

>生まれてきたばかりの、在り方を問うこともない赤ちゃんは?
私の家で飼っている兎はいつも釈然としないような面構えをしているのですが、あれは案外、何かを問うているのかもしれません。赤ん坊もわりとやってるんじゃないでしょうか。

pass
2011年01月07日(金)22時19分 開蔵  0点
起立、気を付け、礼、着席。
学校で教えられている子のしてることはほぼ同じ。
不良ぶってる子も学校への反発は教室への関係を前提としてる。

私なりに応えるなら、教室は鋳型ですかね。貨幣鋳造施設。
そこで私たち無地の金属は、それぞれに価格や価値や模様を与えられ、身に着け、いざ天下社会の廻り物へ。みたいな?
もちろんこの考え方は、教師と生徒の触れ合いや生徒同士の喧嘩や交遊を考慮に入れてないです。
自分としても好きな考え方じゃない、むしろ嫌いです。
だから応え続けていきたいと思います。女の子も多分、教室にふらっと顔出したりするんでしょうね。会えたらいいなぁ。

起立、気を付け、礼、着席。起立、気を付け、礼、着席。キーンコーンカーンコーン!また明日!ノシ
102

pass
2011年01月02日(日)06時47分 いも M8vT5jA.U. 0点
けっこう好きな文章です。
終わらせ方とかスマートですね。

あえて何点か指摘してみたり。
考察を深めるきっかけになれば、と。

>この世に生まれてきた者は皆、自らの在り方について問わざるをえないのよ。例外なんてない。
生まれてきたばかりの、在り方を問うこともない赤ちゃんは?
……逆に考えれば、「在り方を問わせている」存在がなんなのかが分かるかと思います。

不確定性原理の話は、まぁ物理ですね。
もちろん、物理の話を持ち出してはいけないなんてことはありませんが、ここではちょっと蛇足かもしれません。
その話がなくても十分に哲学的だと思います。(ハイデガーとかと関係ありそう?)

108

pass
合計 3人 0点


お名前
E-Mail  公開しない公開する
↑作者レスをする場合は、作品投稿時のメールアドレスを入力して下さい。
−− メッセージ −−
作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)  トリップ 

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
PASSWORD