呪いを有効に防ぐ方法
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
 一体何がきっかけでそんな話になったのか、いくら考えても判らない。数十分前まで俺は三人の女子部員と推理小説研究会の部室で放課後のけだるい空気の中、だらだらとしたおしゃべりを楽しんでいたはずだ。今日は寒い上に天気も悪いとか、十二月だから仕方がないとか、クリスマスも部室でだべって終わりそうだなどの他愛のない話題が一体いつ「呪い」などというオカルトじみたものになってしまったのだ。
 今、俺の目の前では三年七組の澤田加奈子と三年五組の佐藤彩夏が睨みあっている。いや、正確に言えば険悪な表情をしているのが佐藤彩夏で、澤田加奈子のほうは癇癪をおこした子供を見つめる母親のような、困惑と呆れが入り混じったような表情を浮かべていた。
 くいくいと、俺のブレザーを一年生の小林沙耶子が引っ張り、耳元に顔を近づける。
「小田切先輩、どうしましょう」
 どうしましょうって言われてもなあ。俺は腕を組んで唸った。
 小林はさらに囁きかける。
「部長として止めなくていいんですか……。しかも、片思いの人のピンチですよ」
 彼女の言葉を聞いた瞬間、俺は盛大にむせた。なんで誰にも喋ったことのない事実を小林が知っているのだ。さっきまで感じていたコートをはおろうかどうか迷っていた程の寒さは瞬時に吹き飛び、汗が吹き出しそうなほど体が熱くなる。多分顔も真っ赤になっているんじゃないだろうか。慌ててうつむいて口から飛び出しそうな心臓の鼓動を一〇〇まで数え、そろそろと
上目づかいに睨みあうふたりの女子部員を見る。不幸中の幸いと言うべきだろうか、二人はお互いしか目に入っていないようだ。
「澤田さんって読書家のくせに想像力の欠片もないわね。呆れたわ」
 佐藤彩夏がはっと短いため息をついて舌戦を再開した。
 うなじにそって切り揃えられたショートヘアが花開くようにパッと広る。
 黒という色のせいなのか、話題のせいなのか何となく不吉な感じがした。
「想像力の問題じゃないと思うんだけど」
 澤田加奈子もやや長めのため息をつく。こちらは頭頂部で束ねられた栗色かかった髪が肩口でさらりと揺れた。彼女のちょっとした仕草に俺の心臓は再び速度を速め、頬がかっと熱くなる。……人間の感情はとても現金で正直な物だ。
「呪いよ、呪い。自分の名前の描かれた藁人形が五寸釘で壁に打ち付けられたらどんな気分がすると思う?」
 びしりと、佐藤は人差し指を澤田につきつける。
 本当に、どうしてこんな話になってしまったんだろう。呪いが実在するかどうかなんて。
 うーんと小さく呟いて澤田は首をかしげる。
「壁に五寸釘を打ちこんだのがばれたら、クラブ管理委員会に怒られちゃうわねえ。部室が取り上げられたら大変だわ。本の置き場所がない」
 その答えに佐藤はもちろん俺と小林も膝が砕けそうになった。
 た、確かに。この部室には歴代の先輩が卒業記念においていった推理小説が数百冊おいてある。……しかし、自分の名前を書かれた藁人形などを見つけて、そんなに冷静でいられるのだろうか。
「そういう問題じゃないわよ。気持ち悪いとか、悪いことが起こるんじゃないかとかそういう感情はないの? 」
「……ああ、この部室の壁はけっこう頑丈だから釘を打つにも結構な労力がいるわね。大変だっただろう、と思うかもしれないわ」
「……部長。澤田先輩ってこんな天然キャラでしたっけ」
 再び小林がこしょこしょと耳打ちをする。いいやと俺は小さく首を振った。正直な話、今まで読んだ推理小説の冊数で部長を決めるという伝統が無ければ、部長になっていたのは彼女の方だっただろう。後輩への気配りは出来るし先生からの受けもよい。佐藤との仲だって今までは決して悪くなかった。
「それだけ、それだけなの?悪いことが起こりそうだとか、不安になったりしないわけ?」
「悪い事ってどんなことかしら」
 もう一度小首を傾げた澤田に、佐藤は額に片手をあててはあっと大きく息をついた。
「病気になったり、テストの点がガタ落ちしたり、交通事故に遭ったり、そういうことよ」
「うーん、思わないわ。と言うより思えないわねえ」
「なんでよ。ばっかじゃないの」
「あ、あの佐藤先輩」
 まさに沸騰直前といった佐藤は険しい視線を小林に向ける。
 彼女はびくりと身体をこわばらせ、俺のブレザーの袖口をぎゅっと握た。
「さ、佐藤さん。ちょっと落ち着こうよ」
 何とか彼女を落ち着かせようと考えたが、情けないことに俺の口から零れおちたのは、ありふれた言葉だけだ。 
「なによ、私はねえ……」
「佐藤先輩がそんな風にカッカしていたら、澤田先輩も意見を言いにくいと思うんです。先輩、どうしてそう思われたんですか」
 ナイスな意見だ小林君!!よくやったというふうに彼女の肩を叩こうとしたが、その直前に小林はするりと澤田の側に行ってしまい俺の手はむなしく宙を叩いた。
「だって、呪いをかけられなくても病気にもなることも、テストの点が悪くなることも、交通事故だってあるかもしれないもの」
 もっともな意見に佐藤だけではなく、俺たちもむむと唸った。
「でも、でもよ。呪いを受けたらその確率がぐんとアップするのよ」
「あら、それはどうしてわかるの、佐藤さん」
「どうして、どうしてですって。昔から言われているじゃない。憎い相手を呪ったら相手が不幸になったとか、悪いことが続くとおもったら誰かに呪われていたとか」
「うーん」
再びつばを飛ばさんばかりの勢いで喋りはじめた佐藤に、今度は澤田が唸った。
それを見て佐藤は何故か勝ち誇ったような笑みを見せる。
「でもそれは、呪いが実在するという証拠にはならないわ」
「どうして」
笑顔を凍りつかせた彼女に、澤田は再び口を開いた。
「だって、その不幸が呪いのせいだとは分からないのですもの。呪った相手にふりかかった病気やけがが呪いのせいであると立証するには、呪いをかけられなかった場合の同じ状況と比較しなければいけないわ」
「そんなことできるわけないじゃない」
「そうよ、シュレーディンガーの猫みたいね」
片手でさらりと髪の毛をかきあげて、澤田は淡く笑う。
「だから、私は呪いは実在しないと思うのよ。『信じること』と『実在する』ことは違うでしょう」
「ぶ、部長。シュレーディンガーの猫ってなんですか」
 小声で尋ねてきた小林に、俺はうろ覚えの知識で有名な量子論の思考実験の内容を説明した。彼女は感心したように頷いていたが、果たして理解できたかどうか。俺も実はよくわかっていないのだ。
 佐藤はよほど悔しいのか顔を真っ赤にして澤田を睨みつけている。何でこんなに彼女はむきになっているんだろう。
「でも澤田さん、呪いを受けるってことはそれだけ貴方を恨んでいる人がいるということよ。貴方の不幸を願うひとがいるってことで、気分は悪くなるでしょう。それが思わぬ不幸を呼び込むかもしれないわ。態度を改めたくなるかもしれないわね。これも呪いの効力じゃなくて?」
 た、確かにそうだ。おれはむむと唸りながら腕を組んだ。誰かが自分をそれだけ憎んでいると知ることは気持がよい物ではない。あの人か、それともこの人かと疑心暗鬼が膨らんで結果として体調を崩してしまうかもしれない。
「ええ、藁人形に釘を打ち込むことができない人ならかえって安心するなあ」
 澤田の答えに佐藤は今度こそ言葉を失ってしまったようだ。
「だってさあ、藁ってそもそもどこに手に入れるの?五寸釘ってホームセンターに売っているかしら。藁人形だってつくるのに技術がいるでしょうし、そんな労力をかけて壁に人形を打ちこむくらいだから、本人に文句を言った方がずっと楽でしょう。それなのにやらないってことは、それだけ臆病だってことじゃない。安心するわあ」
 にっこりとほほ笑んだ澤田に、佐藤はもういいよ、馬鹿。と捨て台詞を残してカバンとコートを乱暴に掴んで部室を出ていってしまった。
 部屋にはしらけた空気だけが残り、俺たちもそのまま帰ろうか。という話になりノロノロと身支度を整えた。
「あ、あの澤田さん」
 校門を出てしばらく歩いた頃、俺は思い切って少し先を歩いていた澤田に声をかけた。
「なに?」
 くるりと振り返った彼女の笑顔にまた顔が熱くなる。
「あ、あの佐藤さんとのこと、あんまり気にしない方がいいと思うんだ。多分彼女も引っ込みがつかなくなっただけだと思うし……それに」
 なるべく彼女の顔を見ないように話す俺に、澤田は小さく笑い声を上げた。
「そうねえ、佐藤さんは少なくとも私を呪うのは諦めたみたいだし」
「ええ、どういうこと」
 驚く俺に、彼女は気付かなかった?とその笑みを少し寂しそうな物にかえた。
「佐藤さん、かなり具体的に呪いの方法を言っていたよね。だからあれっと思ってわざとあんな風に返したら、随分怒ってたじゃない。多分話しているうちにこいつに呪いなんてってばからしくなってきたんじゃない?」
「……そ、そうなのかな」
 俺は自分の鈍感さと彼女の機転の良さ、両方にため息をつきたい気分になった。
 彼女が真に受けて別の答えを返していたら、数日後部室の壁に藁人形が打ちつけられていたかもしれないのだ。
「多分ね―。彼女割とため込む方だから、それとなくまた話を聞くよ。それにしても、推理小説研究会の部長なんだからもうちょっと観察力があってもよかったなー。もうちょっとがんばってくれないと、告白された時にがっかりきちゃう」
 え、え。と驚く俺に、彼女は側にあった自販機でコーヒーを二本買うとひょいと俺に一本投げてよこした。


終わり
杜若 pIaw3NP6m.
http://mypage.syosetu.com/9721/
2010年12月30日(木)04時57分 公開
■この作品の著作権は杜若さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
ホラーを描いている途中で思いついた作品です。ぎりぎりで滑り込みました。


この作品の感想をお寄せください。

2011年01月12日(水)19時21分 中佐世保  +20点
すっと読めました。
哲学的なことを言ってるなあ、とは思えませんでしたが。
ホラーを書いているそうなので、そっちを読みたいと思います。
128

pass
2011年01月11日(火)17時50分 某よしぞー M1Bei0tBWg +30点
ども、某よしぞーです。

呪いのわら人形って通販とかもあるみたいです。笑 
まぁ、そういうのはおいといて。うーん。なんでだろう。文章との相性が悪いのか、どうも、入り込めなかった。ぱっと見た分ではお上手だなぁと思ったんですが、読んでいると、なにについて語っているのかいまいち分からなくなってしまった。しかしこれは自分の読解力のせいか、相性が悪いのか、そこらへんが混ざってしまったのかなぁと。
しかし、その書こうとしている物語自体はどこかほのぼのとしているし、好感をもてるものでした。嫌いじゃないものでした。
最後の文章とかは、ホラー短編を得意? にしている杜若さんらしいなぁと思いました。
113

pass
2011年01月01日(土)23時58分 み  0点
面白かったというか、感心してしまいましたw
ただ、冒頭で名前がよく分からなくなってしまったので、もう少し自然に入っていけるようになっていたら、とは思いました。
123

pass
2011年01月01日(土)19時25分   +10点
文章力が高く、引き込まれました。
が、その分だけ短くて、展開が少なかったのが残念でした。


125

pass
2010年12月31日(金)16時32分 うみの えび  +20点
すごく自然に読みに入ることが出来ました。おもしろかったです。

以下、雑然とした私的な感想をちょっと書き連ねてみます。

例えばリング(貞子が出てくるやつ)ですけど、あれは貞子が何かをする話というよりも「恐怖物語」といったもので、逆に涼宮ハルヒとかは学園物語というよりは「ハルヒが何かをする話」となると思います。私見なのですが、これが「物語を書く」「キャラクターを書く」といった二つの違いという気がして、こういった意味で作者さんはすごく「物語が書ける人」だな、という感じがします。この作品をすっと読み進めることが出来たのはなんでだろう、と考えてみたとき、ああ、これが理由だったのかなと思いました。普段はホラーを書かれているそうですが、それってすごく相性が良いと思います。読んでみたいです。ちなみにこれも自分の意見なのですが、物語が書ける人って商業的に一番求められていて、かつ、文豪になれるタイプだと思います。作品を見たのは今作が初めてになりますが、作家を目指すのであればぜひ応援したい作者さんです。

とにかく、心地良い作品でした。ありがとうございました。
129

pass
2010年12月31日(金)01時58分 杜若  作者レス
haruch 様
 <ご感想ありがとうございます。今回は「萌え」「ライトノベル」ということですので、軽く、面白くを心がけた結果いつもとは少し違う文体になりました。

エキセントリクソウ様

<御拝読ありがとうございます。自分ではわかっているつもりでも第三者が理解してくれる文章を描くと言う事は本当に難しいものです。ご指摘ありがとうございます。精進いたします。

n様
<御拝読ありがとうございます。何度か書き直した末このようになりました。最初はもっと登場人物も多く、場所も移動しておりましたが100枚に収まりきらなくなりそうで思い切って一場面に限定したら、今度はその場面が長くなってしまいましたね。ご指摘ありがとうございます。次回作の参考にさせていただきます。

穂積様
<御拝読ありがとうございます。これからも少しづつ色々な話を描いていきたいと思います。


pass
2010年12月31日(金)01時57分 いも M8vT5jA.U. 0点
とりあえず、誤植っぽいところの指摘。
>ええ、藁人形に釘を打ち込むことができない人ならかえって安心するなあ
これは、「ええ、藁人形に釘を打ち込むことしかできない人ならかえって安心するなあ」の間違いですよね?

んー、呪いを考えるような人って、変なプライドがあるから、この展開なら「そこまで言うならやってやるわよ。あとで痛い目を見て後悔すればいいのよ」と逆に刺激しそうですけどね。
どちらかというと、適当に同意しておいてストレスを抜いてあげるほうが対応としていいかと思います。

そもそも、佐藤さんが澤田さんを呪う要因がどこにも書いてないし思い浮かびもしないので、「なんで?」という感じがあります。

128

pass
2010年12月30日(木)23時44分 Haruch  +40点
どんな怖い話になるのかと思いながら・・・意外な落ちで、単純に面白かったです。
作風、少し変わられましたか?
こういうのも有りですね。
126

pass
2010年12月30日(木)23時18分 エキセントリクウ  0点
すいません。
読んでもまったく頭に入ってきません。

>うなじにそって切り揃えられたショートヘアが花開くようにパッと広る。
 黒という色のせいなのか、話題のせいなのか何となく不吉な感じがした

すいません。さっぱりわかりません。

すいません。ホントすいません。
132

pass
2010年12月30日(木)11時09分 n  +30点
女同士のトラブルというのは、なぜか目が離せず、最後まで読ませますね。
ヒヤヒヤ、ビクビクしながら読み進めましたが、最後はスッキリでした☆
彼女の勘の鋭さには感心しますが、今後告白して見事成就しても、お付き合いは大変そうですね・・・隠し事もできなさそう。
こんな風に、登場人物たちのその後を想像させてしまうのも巧さだと思います。

対峙する二人の女の子・傍観する二人、という構図が長く続くので、
そこを越えれば面白いのに、読むのをやめてしまう人もいるのでは?
短くするか、もしくはそのあたりにもう少し笑いのエッセンスを散りばめると、軽さも出て良いのでは・・・と思います。
140

pass
2010年12月30日(木)10時23分 穂積  +40点
とても面白いお話でした!

「どんなオチがつくのかな」と想像しながら読んでましたが、知的であり、かつ微笑ましいラストは「一粒で二度おいしい」という言葉がぴったりでしたw

新作、お待ちしておりました!
何かとお忙しいでしょうが、また新しいお話が掲載されることを心待ちにしていますね。


118

pass
合計 10人 190点


お名前
E-Mail  公開しない公開する
↑作者レスをする場合は、作品投稿時のメールアドレスを入力して下さい。
−− メッセージ −−
作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)  トリップ 

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
PASSWORD