般若心経と恋心
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 「ねえ、空気って青いの?」
  夕暮れ色に染まる空を見上げながらミヨネが問う。
 「いきなり何の話だ?」
 「空気が青いから空は青いのかな?」
 「液体酸素は薄い水色らしいが、空の青とは全く関係ないぞ」

  学校からの帰り道、伝統と格式を誇る光梅女学院の校門の前でミヨネと出くわしそのまま連れだって帰ることになってしまった。
  今年の春、光梅女学院の近くの県立北高校理数科に入学した俺は理科数学に強いと勝手に思われているらしく、彼女から「夏休みこども相談室」みたいな質問をぶつけられるのにもようやく慣れてきた。

 「光の色の違いは波長の違いということぐらいは知ってるだろ」
 「うん。たしかお肌の大敵紫外線は波長が短いんだっけ」
 「そう、紫外線や青は赤に比べて波長が短い。太陽からあらゆる波長の光が降り注いでいるんだが、大気中の気体の分子に光がぶち当たった時に波長が短いほうが強く散乱する性質がある」
 「ふーん。よくわかんないや」
 「人に聞いといてなんだその態度は。いいか、俺たちが見ている空の青は気体の分子にはじかれた波長の短い光を見ているだけだ。大気が青いわけじゃない」
 「てことは『空の青』には実体がないってこと?」
 「まあ、そうとも言えるな」
 「まさに般若心経の色即是空ね!」と嬉しそうに断言するミヨネ。
 「すまん。俺に分かるように説明してくれ」

 色即是空のフレーズだけは聞いたことがある。意味はさっぱりわからんが。この機会に仏教マニアのミヨネにその意味を聞いておこうと思ったのが間違いだった。

 「『色(しき)』っていうのは簡単にいうと『目で見えるもの』、『空(くう)』は『実体がない』っていう意味なの。空は青く見えるけど、その青色には実体がないのよね。だから『色即是空』つまり『目に見えるものには実体がない』ってことでしょ。おんなじじゃん」

 彼女の趣味は科学ネタを仏教で解釈することらしく、科学ネタ調達先として俺に白羽の矢が立ったというわけ。

 「で、空の青と般若心経が一緒でなにが面白いんだ」
 「仏教って2,000年以上前からあるのよ。その教えと現代科学の結論が一緒ってすごくない?」
 「まてまて、たまたまその部分だけだろ。偶然の一致ってやつだよ」
 「ふふん、わかってないわね。仏教によればこの世には偶然なんてないの。この宇宙のすべては原因と結果の無限の連鎖からなる必然なのよ!」

 「……すまん。先に帰っていいか……。」
 と頭が痛くなった俺がうめくとミヨネは不満げに小首をかしげ、
 「なにいってんの、同じ家でしょ?もうちょっと話に付き合ってよ!」と強要する。
 「ぐふっ!」
  なぜ血のつながりも婚姻関係もない彼女と俺が同居してるかって?
  さて、どこから話そうか。あれは5月の連休前のこと。


 「『寺に預ける』って意味わかんねーよ!」
 「仕方がないでしょ、お母さんはおじいさんの介護に行かないといけないんだから、あなたをこの家に一人にしとくわけにはいかないんだし、お寺で面倒みてもらいなさい」
 「小学生じゃねーんだから一人で生活できるよ!」
 「一人にしといたらロクでもないことするに違いないんだからアンタは。せっかくの機会だから心身ともに鍛えなおしなさい!」
 「ぬぐっ……」
 いろいろと前科がある俺はそれ以上反抗できなかった。俺の親父は数年前から札幌に単身赴任。母子2人で暮らしてきたが、母の父、つまりじいちゃんが急病で倒れてしまい、当分そっちで介護することになった。
 そのじいちゃんの知り合いの住職の寺に厄介になれという話らしい。
 高校入学早々とんでもないことになっちまったぜ。
 「お寺の方には電話しといたから、さっさと荷物まとめてあいさつに行きなさい!」
 「へいへい……」
 
 使い古したボストンバッグに当面の着替えその他詰め込んで地図を頼りにその寺を探す。
 幸い北高の近くのようだ。これなら歩いて通学できるな。
 「えーと、森泉寺、森泉寺と……。ここか」
 こんな町中にこれほど立派な寺があったとは知らなかった。重厚な造りの山門の向こうに緩やかな上り坂がある。どうやら小高い丘の上に寺があるようだ。
 
 山門をくぐり坂道を見上げると、一人の少女がいた。長い黒髪がたおやかに揺れている。掃き掃除をしているようだ。
 俺に気がついたようで軽く会釈をし坂を下りてきた。
 「あなたが虎男さんですね。祖父から聞いております。私はミヨネと申します。これからよろしくお願いします」
 と深々と頭を下げた。
 「あぁ、ええ、はいこちらこそ……」
 頭が混乱してどう答えたものかわからなかった。こんな女の子がいるなんて聞いてないぞ。一緒に暮らすのか?どうなってんだ?

 「貴様が左利の孫か!」と突然の大声。
 「のあっ!」
  気づかぬうちに背後に住職が立っていた。小柄でかなりの高齢に見えるが背筋が伸びている。強そう。
 「は、はじめまして左利虎男です。急な話ですみませんがこれからご厄介になります」
 「うむ。修行僧並みに鍛えてやるから覚悟しておけ」
 「はぁ……」
 「返事は『はい』じゃ!」
 「は、はい!」
 とほほ。どうなることやら。
 
 「ここがお前の寝床じゃ」
  幾星霜の歴史を感じさせる本堂の隣にひっそりと建つ小屋に通される。
なんでもこの寺は修行僧を何人も抱える禅の道場だったとかで風呂、トイレなどは一通り整っている。寮みたいなもんか。冷暖房はない。若干カビ臭いが気のせいにしておく。ミヨネと一つ屋根の下で暮らすのかとしばらく妄想していたが、その心配?はなさそうだ。

 本堂の脇にある住職一家の住まい(庫裏というそうだ)でミヨネのお母さんにあいさつをし、時間も頃合いということで夕食となった。
 寺の食事ということで懐石料理ばりに質素なものかと覚悟していたが一般家庭とさほど変わらず拍子抜けした。今日のメインは豆腐ハンバーグ。
 食卓を4人で囲みながらふと疑問に思い聞いてみた。
 「あのー、ミヨネさんのお父さんはいらっしゃらないんですか?」
 「父は福井県の本山に修行に行ったっきり戻ってこないんです」とミヨネ。
 「余計なことは言わんでよろしい」と渋面でたしなめる住職。

 気まずい空気を察して、ミヨネのお母さんが話を振ってきた。
 「虎男くんって北高の理数科なんでしょ。ミヨネ、同じ学年なんだし虎男くんに数学習ったら」
 「いやいや、人に教えられるレベルじゃないっす」
 本当は理科数学は超苦手科目なのだが、どういうわけか理数科に転がりこんでしまって後悔しているとは言えないな。ネタを変えないと。
 「そういえばミヨネさんはミッション系の学校ですよね。仏教徒でもOKなんですか?」
 「キリスト教徒の生徒のほうが珍しいわ。意外とミッション系の学校のしきたりなんか禅宗に通じるものもあって面白いし」
 「へえ、たとえば?」
 「授業中はもちろんだけど教室移動時なんかも私語禁止だったりとか。お寺の中も私語は原則禁止なの」
 「ゴホン。ミヨネ、あまり慣れ慣れしくするな。虎男、これから毎日5時起床だから早く寝ろ!明日から早速修行開始じゃ!」
 「5、5時っすか…」
 
 翌朝5時。
 緊張のせいかパチリと眼が覚めた。
 住職の指示通りジャージに着替え洗面ののち、線香の煙たなびく本堂へ初めて足を踏み入れる。本殿中央奥には派手な金ぴかの仏像が鎮座ましましていた。本堂前の案内板には重要文化財の観音像とあったな。
 本堂のなかの歩き方、手の組みかたなど細々と教わる。覚えていられるだろうか。
 驚いたのはミヨネもいたこと。3人でまず読経から。般若心経の書かれた経本を渡された。見たことない漢字ばかりで面食らうが振り仮名を頼りに読む。仏教は中国から伝来しただけあって漢字オンリーで意味がさっぱり。
 読経の次はいよいよ座禅だ。
 座禅は初めてなので住職から次々と指示が飛ぶ。
 「結跏趺坐が組めなければ正座でもよい。座禅は我慢大会ではない。いかに集中するかが肝要なのじゃ」
 「眼は閉じるな。眼を閉じると考えが散る。薄く眼を開き1メートルばかり先の畳を見ておれ」
 「口は閉じて鼻で息を吸え。舌先は上の前歯の付け根につけろ。そうすれば唾液は自然とのどに落ちる」
 「座禅中は何も考えるな。『何も考えてはいけない』ということも考えてはならぬ」
 「とはいうても最初は難しかろう。息をゆっくり吸って吐いてその息を一、二、三と頭の中で数えるのじゃ」

 この間隣でミヨネが微動だにせず座っていた。さすが幼いころから鬼住職に叩き込まれているだけはある。
 
 死ぬほど長く感じた座禅のあと、今度は本堂内外、庫裏や寮の掃除を念入りに終えようやく朝食にありつく。
 「あれ、ご飯じゃなくておかゆですか」
 「禅寺の朝食は基本的におかゆじゃ」
 あとはめざし、冷ややっこ、納豆と味噌汁。大豆ばっかだな。質素なり。
 一通り平らげ、
 「ごちそうさまでした」と言うと、
 「まて、まだ食べ終わっておらぬではないか」
 「へ?」
 「おかゆが残っておる」
 きれいに食べたつもりだったが……。
 「こうするのじゃ」
 と住職は自分の茶碗の内側に付着したおかゆをたくあんできれいにぬぐって口の中へ。なるほど。
 さっそくまねをするが慣れない動作で手がつりそうになる。
 「フン、最近の若いもんはなさけないのう」

 その後、俺は自宅に教科書やなにやら荷物を取りに行き午後また寺へ。
 住職もお母さんもおらずミヨネだけ残っていた。
 庫裏の居間でミヨネと二人きりというのも緊張する。彼女はなにやら分厚い本を読んでいたので話しかけるのもはばかられ、こちらも最近買った本を読むことにする。
 『哲学的な何か、あと科学とか』というゆるいタイトルの本だがめっぽう面白い。

 ふと気付くとミヨネが俺をじっと見つめている。いや、見ているのは本か。
 「その本面白い?」とミヨネが食いついてきた。
 「ああ」
 「科学の本なの?」
 「そう。特にクオリアの話が面白い」
 「クオリア?海の生き物?」
 「いやいや、視覚とか聴覚とかの刺激から人間が受ける主観的な感覚のことらしい」
 「ふーん。それって『識(しき)』の話?」
 「『識』?何それ?」
 「眼とか耳とかからの情報を受け止めるはたらきの事を仏教では『識』というの」
 「それで?」
 「仏教では『識』には実体がないといわれてるんだけど、人間はその『識』を実体があると思い込んで、それがさまざまな苦しみのもとになるの」
 「クオリアに物理的な実体がないっていうのはこの本に書いてある通りだな。科学の世界でクオリアが話題になっているのはつい最近らしいけど……」
 「意外と仏教と科学って相性いいかも。仏教って宗教というより哲学に近いと思うの」
 
 ミヨネの話をききながら、俺は量子力学の開拓者、ニールス・ボーアを思い出していた。ボーアは量子力学と東洋哲学の類似性に着目しブッダや老子の研究に没頭したらしい。量子力学が説くところでは、ミクロの粒子、たとえば電子の速度と位置を同時に測定することはできない。速度を厳密に測ると、位置が分からなくなるそうだ。それから光が粒子でありかつ波でもあるという訳のわからない理論だが、そのミクロの世界を理解するために仏教やら道教からヒントを得ようと模索したとか。ご苦労なこった。

 「しかしミヨネはお経の意味よくわかるよな。感心する」
 「お経はインドのサンスクリット語とかパーリ語の原典を中国語に訳したものをそのまま日本語の発音で読んでるだけだから普通の人がわかるわけない。せめて書き下し文にしないと」
 「たとえば?」
 「般若心経だと、はじめは『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時』だけど、『観自在菩薩が、深き般若波羅蜜多を行ぜし時』と読めばすこしはわかるんじゃない?」
 「どこが主語でどこが述語くらいかはわかるな。あいかわらず単語の意味はわからんが」
 「般若心経は短すぎて省略が多いから、仏教の初心者向きじゃないと思う」
 「で、般若心経って結局何が言いたいわけ?」
 「んー。誤解されるかもだけど、般若心経の最後に書いてあるマントラ、呪文みたいなものね、その呪文を唱えれば悟りがひらけてすべての苦しみから解放されるって書いてあるの」
 「そんなお手軽なのか仏教って」
 「だから初心者向けじゃないっていってるでしょ!」

 どういうわけかミヨネに怒鳴られてこの日はおしまいだったが、その後も科学× 仏教の話はちょくちょく付き合わされた。

 そんなこんなで寺院ライフにも慣れてきた梅雨明け間近のある日、その事件は起きた。
 
 どういう因果か、また帰宅(帰寺か)途中にミヨネと出くわした。
 あいもかわらず物質と空間、果ては時間の起源に関して息つく間もなく特殊相対性理論から超弦理論を通り過ぎM理論までミヨネに口頭試問されふらふらになった時、ミヨネが思いもよらないことをさらりと言った。

 「そういえば、今日うちの学校の子が虎男のこと紹介してって言ってきたけど、断っといたから」
 「なっ、何をするだァーッ!」思わず絶叫。
 「え、何が?」キョトンと実に意外そうな顔をするミヨネ。
 「紹介ぐらいしてくれたっていいだろう!」と詰め寄る。
 「そのあとその子と付き合うことになったりしたら大変じゃん?」
 「なにが大変なんだよ!人の恋路を邪魔する奴は地獄に落ちるって俺のばあちゃんがいってたぞ!」
 「ちょっと落ち着いて。そもそも仏教的にはー、恋愛は煩悩そのものなの。煩悩はすべて苦しみの元なの。わかる?私は虎男を苦しみから遠ざけようとしているんだから感謝してくれるのが当然じゃない?」と両手を腰に当てて説教をぶつミヨネ。
 「俺は仏教徒じゃねーし、こんなチャンスもう一生ねー気がする。だから頼む。土下座でも何でもするからその子紹介してくれ」
 「ダメダメ、絶対ダメ、その子のためにも、虎男のためにもそれはできないなぁ」と勝ち誇ったような態度のミヨネ。
 「ぐぬぅ……。そういうミヨネは誰かを好きになったことはないのかよ」
 「……そりゃ、あたしだって……」
  ……あれ?クリティカルヒット?あれだけ威勢の良かったミヨネが目を伏せて急に押し黙ってしまった。しめしめ、ダメ押しだ。
 「な、わかるだろその子の気持ち、それを邪魔されたらどう思う?」と、やさしく問いかけた。
 「……わかるから……、わかるからこうしてるんでしょ!もう馬鹿ッ!」
 潤んだ目でキッと俺を睨んだかと思うとそっぽを向いていきなり駆け出すミヨネ、唖然として取り残される俺。しまいにゃ梅雨の残り雨が降り出した。傘もってくりゃよかった。
 やれやれ、般若心経よりはるかに乙女の恋心は理解不能だなぁ。
天沢透 qER.zavV9o
http://amasawat.blogspot.com/
2010年12月28日(火)00時38分 公開
■この作品の著作権は天沢透さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
はじめまして。天沢透と申します。
飲茶さんの素敵な企画に乗っかってみました。
哲学は哲学でも印度哲学少女はいかがでしょう。楽しんでいただけると幸いです。小説書くのは初めてでしたが、勉強になりました。これからも書き続けようと思います。


この作品の感想をお寄せください。

2010年12月31日(金)08時09分 天沢透 qER.zavV9o 作者レス
いもさま

感想ありがとうございます。
ご指摘のとおりテーマをうまく料理できていないですね。
今後の創作の課題とさせていただきます。

pass
2010年12月31日(金)02時30分 いも M8vT5jA.U. 0点
識とクオリアを結びつける発想は新しいですね。
問題は、「だから何なの?」となってしまうことですが。
つまり、識=クオリアだからといって、仏教サイドではクオリアとの結びつきが分かったからといって何も得られるものがないですし、科学サイドも識との結びつきが分かったからといってやはり得られるものが何もないです。。。

占いとかと同じで、実際に出てきた物に合わせる形で引用を引っ張ってくるのは簡単なので、その逆の要素が欲しいですよね。
仏教にこう書かれていたからこういう実験を行ったところ、新しい事実が発見された、とか。

122

pass
2010年12月29日(水)00時21分 天沢透 qER.zavV9o 作者レス
ヤフー様

感想ありがとうございます!
率直なご意見、今後の糧にさせていただきます。
今後も精進します。

pass
2010年12月28日(火)17時37分 ヤフー  +10点
これから、というところで終わってしまって残念でした。
また雑多なうんちくが並んでるだけで、まとまりがないので物足りない印象です。

続きを期待します。


127

pass
合計 2人 10点


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